大岩3区暗誦の会テキスト

平家物語 巻第一 (元和九年本) 

平家物語巻第一
祇園精舍

 祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、
盛者必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず。
唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。
 遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の周伊、唐の禄山、
是等は皆、旧主先皇の政にもしたがはず、楽みをきはめ、諫をも
おもひいれず、天下のみだれむ事をさとらずして、民間の愁る所を
しらざしかば、久しからずして、亡じにし者ども也。
 近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、
平治の信頼、此等はおごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、
まぢかくは六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、
伝うけ給るこそ、心も詞も及ばれね。



<読み方>
 ぎおんしょうじゃのかねのこえ、しょぎょうむじょうのひびきあり。しゃらそうじゅのはなのいろ、
じょうじゃひっすいのことわりをあらはす。おごれるひともひさしからず、
ただはるのよのゆめのごとし。たけきものもついにはほろびぬ。
ひとへにかぜのまえへのちりにおなじ。
 とおくいちょうをとぶらうに、しんのちょうこう、かんのおうもう、りょうのしゅうい、とうのろくさん、
これらはみなきゅうしゅせんこうのまつりごとにもしたがわず、たのしみをきわめ、いさめをも
おもいいれず、てんがのみだれんことをもさとらずして、みんかんのうれうるところを
しらざりしかば、ひさしからずして、ぼうじにしものどもなり。
 ちかくほんちょうをうかごうに、しょうへいのまさかど、てんぎょうのすみとも、こうわのぎしん、
へいじのしんらい、これらはおごれることもたけきことも、みなとりどりにこそありしかども、
まじかくはろくはらのにゅうどうさきのだいじょうだいじんたいらのあっそんきよもりこうともうししひとのありさま、
つたへうけたまはるこそ、こころもことばもおよばれね(442字)


<意味概略>
祇園精舎の(無常堂の)鐘の音は、諸行無常(万物は刻々と変化していくもの)の響きがある。
(釈迦入滅の時に白色に変ったという)沙羅双樹の花の色は、盛んな者もいつか必ず衰えるという
道理をあらわしている。権勢を誇っている人も、永久には続かない。それは春の夜の夢のようなものだ。
勇猛な者も最後には滅びてしまう。それは全く風の前の塵と同じだ。
 
 遠く外国に例を求めれば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱イ、唐の安禄山、これらの者は皆、
もとの主君や前代の皇帝の政道にも従わず、ぜいたくの限りを尽くし、人の諌めを受け入れようともせず、
天下が乱れることを悟らず、民衆の憂いも顧みなかったので、長続きせず滅亡してしまった者たちである。
また近くわが国の例を見ると、承平の平将門、天慶の藤原純友、康和の源義親、平治の藤原信頼、
これらの人は権勢を誇る心も勇猛なことも、皆それぞれ甚だしいものだったが、やはりたちまち滅びた者たちである、
ごく最近では、六波羅におられた入道前の太政大臣平の朝臣清盛公と申した人のありさまを伝え聞いてみると、
想像することもできず、言うべき言葉もないほどだ。

<朗読例>
http://roudoku-heike.seesaa.net/
 (左大臣朗読ホームページより)